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救急車を降りた先に、もう一つの救命士の舞台がある。病院救急救命士という働き方

大阪府岸和田市にある三次救急医療機関・医療法人 徳洲会 岸和田徳洲会病院の救命救急センター(ER)で働く救急救命士

救急救命士 副主任 新村/救命救急センター

救急救命士専門学校(3年制)を卒業後、2014年6月に岸和田徳洲会病院へ入職。入職当初より救命救急センター(ER)に所属し、現在は副主任として後輩育成にも携わる。専門学校では非常勤講師も務め、病院救命士の認知向上にも取り組んでいる。

<目次>
病院救急救命士を選んだ理由
補助者から、チーム医療の一員へ
「新村さん行きますよ」医師の言葉
岸和田徳洲会救急救命士チーム
消防に落ちた人だけの場所じゃない

|ラーメン屋の先輩の一言が、人生を変えた

正直なところ、学生時代は医療にまったく興味がありませんでした。ラーメン屋でアルバイトをしていた時に、以前一緒に働いていた先輩が久しぶりに顔を出してくれました。消防に就職するために辞めていった方で、「お前、将来何するの?」と聞かれて、「まったく考えていないです」と答えていました。

すると、その先輩は「お前は人と話すのが好きそうやから、病院や医療従事者の仕事は絶対ハマると思うで」と話してくれました。「僕には無理ですよ」と返したら、「俺は救急救命士という資格を取って、めちゃくちゃやりがいあるから、ぜひ目指してみ」と勧められました。それが、救急救命士に興味を持ったきっかけです。

救急救命士の専門学校に進学を決めたあとに、ちょうど東日本大震災が起きました。実は、小学校の時の友達も震災で亡くなりました。ニュースでDMATや災害医療の現場を見て、「救急救命士ってこんなことができるんだ」と初めて実感しました。怖さや悲しさよりも、「自分も携わりたい」という気持ちがじわじわと湧いてきて、専門学校への入学が楽しみになっていきました。

|「病院に運んで終わりじゃない」病院救命士を選んだ理由

救急救命士の専門学校は、もともと消防の養成機関としての側面が強いところです。実際、クラスメートのほとんどが消防への就職を目指していましたし、私自身も消防の実習と病院の実習の両方を経験させてもらいました。

私が消防の実習を通じて感じたのは、病院に運んで終わりになってしまうことへのもどかしさでした。救急車で患者さんをお連れして、病院に引き渡したらそこで自分の関わりは終わる。その先の治療や回復がどうなったのかは見えませんでした。

一方で、病院実習に行った時に、ある患者さんが帰り際に「ありがとうございました。おかげで良くなりました」と声をかけてくださる場面に立ち会いました。私はただの実習生だったのですが、その言葉がとても印象に残りました。治療に直接携わることはできなくても、治療の介助を通じて「助かりました」と言ってもらえることが、とてもやりがいに感じると実感できた瞬間でした。

そして、私は消防ではなく病院で救急救命士として働くことを選びました。当時は救急救命士を採用している病院自体が少なく、業務内容も不透明でした。でも三次救急を多く受け入れている救命救急センターに飛び込んで、さまざまな職種の方から知識と技術を得ながら、消防の救命士とは違う形で患者さんに関われるのではないかと考えました。

大阪府岸和田市にある三次救急医療機関・医療法人 徳洲会 岸和田徳洲会病院の救命救急センター(ER)で働く救急救命士

|内定が消えて、飛び込んだ岸和田徳洲会

実は最初、別の病院から内定をいただいていました。ところが、何の連絡もないままその内定が突然無くなってしまって。就職担当の先生にも相談しましたが、事後対応はなかなか難しいということで、自分で就職先を探すことにしました。友人に声をかけてみたところ、岸和田徳洲会病院で働いている友人がいて、「すぐに面接してくれるよ」と繋いでくれました。

もともと病院のイメージは、ピリッとした緊張感のある空気が漂っているものだと思っていました。実習先でもそういう雰囲気を感じていました。でも実際に岸和田徳洲会病院に来てみると、スタッフ同士が和気あいあいとしていて、それでいて患者さんの前では本当に親身に寄り添っている看護師さんたちの姿が目に入りました。その空気がとても魅力的に見えました。
「ここなら働きやすいだろうな」それが入職を決めた一番の理由です。

12年経った今でも、その印象は変わりません。公私ともに悩みを話し合えるような関係がスタッフ間に根づいていて、本当に素晴らしい環境だと感じています。

大阪府岸和田市にある三次救急医療機関・医療法人 徳洲会 岸和田徳洲会病院の救命救急センター(ER)で働く救急救命士

|補助者から、チーム医療の一員へ

入職当時は、救急救命士という資格が院内にほとんど浸透していませんでした。できることの範囲も曖昧で、どこまでやっていいのか自分たちでも正直分からないような状況でした。

私が就職した当時の法律では、救急救命士は「病院に運ぶまで」の職種として定義されていたので、病院の中で働くことは想定されていませんでした。入職してしばらくは、看護補助者のような扱いになっていた部分があり、専門学校で学んだ知識を活かせる場面はほとんどありませんでした。

そんな状況を変えてくださったのが、現在の救命救急センターの所属長である藤原師長です。「救急救命士をもっと活躍させていこう!」と声を上げてくださって。BLS(一次救命処置)の講習会に連れて行っていただいたり、院内外を問わずさまざまな現場に同行させてもらったりする中で、少しずつ救急救命士が得意とすることが周囲に伝わっていきました。

その後、2021年10月施行の改正救急救命士法により、救急救命士の業務範囲が「病院前(搬送中)」から「救急外来(入院まで)」へ拡大されました。これにより、医師や看護師の業務負担軽減(タスクシフト)を目的として、救急外来での救急救命処置が可能となりました。

今では、ICLS(二次救命処置)やABCDEアプローチといった診療技術の習得機会が豊富に設けられており、RRC(ドクターカー)での救急現場活動や、病院内MCからの指示による特定行為の実施など、救急救命士らしく動ける環境が整っています。

病院救命士の歴史はまだとても浅いですが、岸和田徳洲会病院はその中でも先んじて環境を築いてきた病院です。民間病院として初めて【常駐型救急ワークステーション※】を導入したのも、岸和田徳洲会病院です。藤原師長が切り拓いてくださった道があってこそ、今の自分たちがあると思っています。

※救急ワークステーションとは:消防署から出動する救急車と救急隊員が病院に滞在し、救急要請の際、必要があれば病院の医師や看護師とともに現場に向かうことができる。岸和田徳洲会病院では、24時間365日、病院に救急隊員が常駐する。

大阪府岸和田市にある三次救急医療機関・医療法人 徳洲会 岸和田徳洲会病院の救命救急センター(ER)で働く救急救命士

|「新村さん行きますよ」チーム医療の一員として感じた信頼

チーム医療の一員として感じた達成感の中で、特に印象に残っているエピソードがあります。

一度救急搬送されて退院した患者さんが、その3日後に外来の予約で来院されました。ところが、その患者さんが病院前に止まっていたタクシーの中で心肺停止の状態で発見されて。受付の方が救急外来に向かって「息していない人がいます!」と大きな声で叫んでいました。その声を聞きつけた研修医の先生が現場に走って行かれるその時に、「新村さん、行きますよ」と私に直接声をかけてくれました。

その言葉に、私はすごく胸が熱くなりました。少なからず救急救命士として私のことを信頼してくれていたからこそ、咄嗟の場面で声をかけてくれた。後から駆けつけてくれた看護師たちも、私が行っている心肺蘇生を見て「じゃあ次はこれをしようか」と声をかけながら、チームとして二次救命処置へとつなげていってくれました。

自分の行動がどうだったかを、医師や看護師にリアルタイムでフィードバックしてもらえるのも、この職場の大きな強みです。消防では、研修や会議の場でしか専門職との意見交換ができないことが多いですが、病院では目の前の症例を通じて毎日学ぶことができます。医療としてのスキルアップ環境という点では、これ以上ない場所だと感じています。

大阪府岸和田市にある三次救急医療機関・医療法人 徳洲会 岸和田徳洲会病院の救命救急センター(ER)で働く救急救命士

|誠実でまっすぐな、岸和田徳洲会の救急救命士チーム

現在は非常勤を含めて7名の救急救命士が在籍しています。後輩の育成を担う立場になって感じるのは、「みんな本当に根性があるな」ということです。

1年目はまず接遇の指導から始めます。男性が多い職場なので、「患者さんを自分の家族だと思おう」と言うよりも、「自分の大切な人(パートナー)が来た時を想像してみて」と伝えるようにしています。カーテンを開けたまま着替えを介助したり、患者さんに無言で処置を進めたり。業務として流れ作業になってしまいがちなことが、病院では厳しく問われると考えているからです。

病院救命士はやりがいを見つけられずに2年ほどで退職していく方も少なくない職種です。だからこそ、基礎的な社会人力を初年度にしっかり固めることが大切だと考えています。指導する側と受ける側の距離を、人数が少ない分だけ近くして、意見交換しやすい空気をつくるよう心がけています。

チームのみんなに共通しているのは、和を乱さないこと、協調性を大切にしていること。救急救命士としての頑張りはもちろんですが、人としての誠実さが際立っていると感じます。そういうメンバーが集まってくれていることに、心から感謝しています。

他職種との関係も、年々深まってきました。放射線技師の方々とも、仕事の話をする中で顔なじみになっていって、今では救急外来で大変そうなら自然に手を貸してくれるようになりました。職域と職域の間のグレーゾーンをどう一緒に埋めていくか。それこそがチーム医療の醍醐味だと思っていて、その意識を持ってくれる仲間が増えてきたことが嬉しいです。

大阪府岸和田市にある三次救急医療機関・医療法人 徳洲会 岸和田徳洲会病院の救命救急センター(ER)で働く救急救命士

|消防に落ちた人だけの場所じゃない─病院救命士の魅力

現在、専門学校で非常勤講師を務めているのですが、百人の学生がいたとして、「病院救命士になりたい」と手を挙げる子は十人もいません。九割以上は消防志望です。救命士の専門学校はもともと消防への就職に有利という触れ込みで入学している学生が多いので、仕方のない部分もある。でも、選択肢としてすら知られていないというのは、やはり課題だと感じています。

正直に言うと、「消防の試験に落ちたから病院救命士に」という入り口で来る方が一定数います。私もそれ自体は否定しません。でも、実際に働き始めたら消防とはまったく違う魅力がたくさんある。それを知らずに選択肢から外してしまうのはもったいないと感じます。

病院救命士の一番の醍醐味は、治療の過程を知れることです。消防の一次救命処置は心臓マッサージと電気ショックで終わりますが、病院の中では二次救命処置として、さまざまな機械を使い、首から点滴を入れ、どの薬をどのタイミングで投与するかを判断する現場に立ち会えます。その結果、患者さんが社会復帰できたという事実まで見ることができます。救急救命士の資格だけでは知り得なかった医療の深さを、日々体感することができます。

やりがいという言葉はどこでも使われすぎていて、今の若い人には刺さりにくいかもしれません。でも、医療を楽しいと感じられる方には、病院救命士という選択肢を真剣に検討してほしいと思っています。

大阪府岸和田市にある三次救急医療機関・医療法人 徳洲会 岸和田徳洲会病院の救命救急センター(ER)で働く救急救命士

|風通しのよさが、スキルアップの土台になる

病院によっては、かつての岸和田徳洲会病院のように、まだまだ救急救命士への理解が十分でない病院もあると思います。制度が整っていても、職場の風土が合わなければ、力を発揮することは難しいと思います。

岸和田徳洲会病院の一番のアピールポイントは、風通しの良さだと思います。医師、看護師、消防の方、検査技師さん、医事課の方まで、飲みに誘い合うような関係が自然に生まれています。そういう横のつながりがあるからこそ、困った時に相談できて、助け合えるのだと思います。

救急救命士として医療の中での専門性を磨いていきたいと思うなら、岸和田徳洲会病院には共にスキルアップできる環境が整っています。消防という選択肢しか見えていなかった方にも、ぜひ一度この場所を知ってほしい。病院救命士としての可能性を、一緒に広げていきましょう。

(写真・インタビュー・文:MottoBrand 福井勝雄)


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救急救命士としてのスキルをもっと活かしたい。治療の現場に深く関わりたい。そんな思いを持つ方に、岸和田徳洲会病院はその環境を用意しています。民間病院初の常駐型救急ワークステーションを有し、医師・看護師・多職種とともに日々成長できる職場です。まずはお気軽にお問い合わせください。

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